大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)4358号 判決 1980年3月28日
原告 山下幸夫
右訴訟代理人弁護士 曽我乙彦
同 万代彰郎
同 有田義政
右訴訟復代理人弁護士 金坂喜好
被告 瀬川利治
<ほか二名>
右被告三名訴訟代理人弁護士 岩橋章
主文
一 被告瀬川利治、同田中政晴は、原告に対し、各自金二二三九万四五二七円及びこれに対する被告瀬川利治は昭和五〇年九月二三日から、被告田中政晴は同年同月二二日から、右各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告瀬川利治、同田中政晴に対するその余の請求及び被告山本隆章に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用中、原告と被告瀬川利治、同田中政晴との間に生じた分は右被告両名の負担とし、原告と被告山本隆章との間に生じた分は原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自金二五〇〇万円及びこれに対する被告瀬川利治、同山本隆章は昭和五〇年九月二三日から、被告田中政晴は同年同月二二日から右各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、裏書の連続した訴外おくしらはま観光開発株式会社(分離前の共同被告――以下、「訴外おくしらはま」という。)振出にかかる別紙約束手形目録記載の約束手形三通(手形金額合計金二五〇〇万円――以下、「本件手形」という。)を現に所持している。
2 原告は、本件手形のうち別紙約束手形目録一記載の約束手形をその支払期日に支払場所に呈示して支払を求めたが、その支払を拒絶されたところ、訴外おくしらはまは、右約束手形の支払期日である昭和五〇年五月一〇日に解散し、かつ、会社資金もないところから、結局原告は、本件手形金の支払を受けることができず、本件手形金と同額の損害を被った。
3 被告瀬川、同田中、同山本は、いずれも昭和五〇年二月当時訴外おくしらはまの取締役であったところ、被告ら三名は、以下に述べる通り、その職務を行なうにつき悪意又は重過失によりその任務を怠り、もって原告に前記損害を被らせたから、商法二六六条の三により原告に右損害を賠償すべき義務がある。すなわち、
(一) 被告瀬川は訴外おくしらはまの代表者印を保管し、事実上訴外おくしらはまを代表して事業を執行していた。
(二) 同被告は、手形割引金を利得する目的で、自己が取締役会長をし、内妻の阿部素子が監査役をしていた訴外共立鋼業株式会社(以下、「訴外共立鋼業」という。)との間で、タワー工事、養魚場工事の請負契約を締結したように仮装し、決済資金を調達する見込もなく、したがって、手形決済の見込もないのに、訴外おくしらはまを振出人とする本件手形を訴外共立鋼業あてに振出したうえ、訴外内藤喜孝(以下、「訴外内藤」という。)を通じて原告から右手形の割引を受け、その割引金の大半を自己のために費消した。同被告の右行為は、訴外おくしらはまの取締役として、その職務を行なうにつき、悪意又は重大な過失によりその職務を怠ったものである。
(三) 被告田中、同山本は、被告瀬川に訴外おくしらはまの業務の一切をまかせきりにし、同被告の前項記載の職務懈怠行為を看過したもので、右は重大な過失により訴外おくしらはまの取締役としての職務を怠ったものである。
4 よって、原告は被告らに対し、商法二六六条の三に基づいて、各自金二五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である被告瀬川、同山本に対しては昭和五〇年九月二三日から、被告田中に対しては同年同月二二日から、それぞれその支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
1 請求原因1の事実のうち、訴外おくしらはまが本件手形を振出した事実は認める(その余の事実については認否をしない)。
2 同2の事実のうち、訴外おくしらはまに会社資産がなく、原告が本件約束手形金相当の損害を被ったとの事実は争うが、その余の事実は認める。
3 同3の冒頭の事実のうち、被告瀬川、同田中、同山本が昭和五〇年二月当時訴外おくしらはまの取締役であったことは認めるが、その余の事実は争う。
同3の(一)の事実は認める。
同3の(二)(三)の事実は争う。
三 被告らの主張・抗弁
1 原告は、本件手形の支払を受けられないことにより、原告主張の如き損害を被ったことはない。
すなわち、原告は、訴外共立鋼業から、昭和五〇年四月一五日、右共立鋼業所有にかかる(1)兵庫県川西市石道字奥山七番山林一四一八平方メートル、(2)同所四番の一山林一七七五平方メートル、(3)同所三番山林二〇八平方メートル、(4)同所八番山林八三三平方メートルの譲渡を受け、さらに翌一六日、(5)兵庫県加東郡社町上久未字鐘鋳場の下一七六四番の二九山林三〇三九平方メートル、(6)同所一七六四番の三〇山林五〇二平方メートル、(7)同町上久未字鐘鋳場の上一七六五番の八四原野一七三八平方メートルの譲渡を受け、右四月一六日、右各土地の所有権移転登記を受けてその所有権を取得したから、原告が本件手形の支払を受けられなかったことにより、原告主張の如き損害を被ったことはない。
2 また、訴外おくしらはまは、訴外共立鋼業との間で温泉ボーリングタワー工事(代金額金四〇〇万円)及び養魚場工事(代金額金三一〇〇万円)の各請負契約を締結し、右各請負契約にかかる工事代金の前渡金の支払のために本件手形を振出したものであるところ、訴外おくしらはまは、本件手形の外にも、昭和五〇年三月一日から同月末日までの間に数回に亘り右工事準備のために合計金二一〇〇万円を貸与しているのであって、本件手形の振出された当時、右請負工事が順調に施工される限り、本件手形を決済することは充分可能だったのである。したがって、被告瀬川において、本件手形の支払見込がないのに本件手形を振出したというようなことは全くないのである。
3 仮に、以上の主張が認められないとしても、以下に述べる理由により、被告らには原告主張の損害賠償義務はない。
すなわち、訴外共立鋼業は昭和五〇年四月一五日不渡手形を出して倒産したところ、その後同月一八日、原告、訴外共立鋼業及び被告瀬川らとの間で、訴外共立鋼業はその工場建物の所有権及び敷地の地上権を原告に移転し、その代りに原告は本件手形を含む約束手形四通(手形金額合計金三五〇〇万円)を訴外共立鋼業に返還し、訴外共立鋼業はこれを訴外おくしらはまに返還することとし、原告は本件手形金の請求をしない旨の合意が成立した。そして、右合意に基づき、その後訴外共立鋼業は工場建物の所有権及び敷地の地上権を原告ないしはその指定した者に移転したから、これにより、原告は被告瀬川、同田中、同山本に対し、本件手形金相当の損害を被ったとしてその賠償を求めることはできないものというべきである。
4 なお、後記原告の2、3の主張事実は争う。
四 被告らの主張・抗弁に対する原告の答弁
1 被告らの右1ないし3の主張及び抗弁事実は争う。
2 被告ら主張の兵庫県川西市内及び社町内の土地は、訴外共立鋼業が倒産した後、原告と訴外共立鋼業との間の話合いで、原告が訴外共立鋼業に対し本件手形金とは別に有していた約五八〇〇万円の債権を清算して決済するために、訴外共立鋼業から移転を受けたものであって、本件手形金とは何らの関係もない。
3 次に、原告は、大阪府八尾市にある訴外共立鋼業の工場建物及びその敷地の地上権を、本件手形金とは別の約束手形金一〇〇〇万円の代物弁済として譲受けたものであって、本件手形を返還してその請求をしない代償として譲受けたものではない。
第三証拠《省略》
理由
一 訴外おくしらはまが本件手形三通を振出した事実は当事者間に争いがなく、原告が別紙約束手形目録記載のとおり裏書の連続のある本件手形を現に所持している事実は、被告らにおいて明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。
二1 次に、原告が本件手形のうち別紙約束手形目録一記載の手形をその支払期日に支払場所に呈示したところ、その支払を拒絶されたこと、訴外おくしらはまが右手形の支払期日である昭和五〇年五月一〇日解散したことは当事者間に争いがない。
そして、右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、(イ)訴外共立鋼業は、昭和五〇年二月頃、訴外おくしらはまから同訴外会社振出にかかる本件手形の交付を受けたので、かねてから原告と知合いの訴外内藤を通じて原告から本件手形の割引を受けるため、その頃本件手形を訴外内藤に裏書譲渡し、ついで、右内藤は原告に本件手形を裏書譲渡したこと、(ロ)その結果、原告は、本件手形を代金合計金二二三九万四五二七円で割引き、右金員を訴外内藤を介して訴外共立鋼業に交付したこと、(ハ)ところが、原告が、本件手形のうち別紙約束手形目録一記載の手形をその支払期日に支払場所に呈示したところ、取引なしの理由でその支払を拒絶され、また、訴外おくしらはまは、右手形の支払期日である昭和五〇年五月一〇日に解散したこと、(ニ)そして、訴外おくしらはまも訴外共立鋼業も、当時から現在まで無資力で本件手形金を支払う支払能力がなく、原告は、本件手形金の支払を受けられないため、結局、本件手形の割引金額である前記金二二三九万四五二七円相当の損害を被ったこと、以上の事実が認められ、右認定を左右する的確な証拠はない。
2 もっとも、原告は、本件手形の支払を受けられないため本件手形金合計金二五〇〇万円相当の損害を被ったと主張しているが、原告が本件手形金を取得するために支出した前記金二二三九万四五二七円を超える部分については、原告が現実にその支出をして損害を被ったものではないし、また、もともと原告が本件手形を取得しなければ本件手形金自体の支払を受けることもできないのであるから、右金二二三九万四五二七円を超える部分については、原告が本件手形を取得したために損害を被ったものとは認め難いのである。したがって、右金二二三九万四五二七円を超える部分についても損害を被ったとの原告の主張は失当である。
3 次に、被告らは、原告は訴外共立鋼業からその所有にかかる兵庫県川西市石道字奥山七番山林一四一八平方メートル外六筆の山林原野(被告らの主張・抗弁1に記載の山林等)の譲渡を受けたから、本件手形の支払を受けられないために、原告において、前記金二二三九万四五二七円の損害を被ったことはないと主張している。しかしながら、右被告ら主張の山林等が本件手形金の全部又は一部に対する代物弁済として譲渡されたことを認め得る証拠はない。却って、《証拠省略》によれば、訴外共立鋼業は、被告瀬川らのあっせんで、昭和四九年頃から同五〇年にかけて、被告ら主張の兵庫県川西市石道字奥山七番山林一四一八平方メートル外六筆の山林原野やその他の山林等を数千万円で買受け、原告からその資金の融資を受けていたこと、そして、訴外共立鋼業はその後右山林原野を他に処分をして原告から融資を受けていた右融資金の返済等にあてたこと、したがって、被告主張の前記山林原野は本件手形金の全部又は一部の代物弁済として原告に譲渡されたことはないこと、以上の事実が認められる。したがって、原告が本件手形の支払を受けられないことにより前記金二二三九万四五二七円の損害を被ったことはないとの被告らの主張は採用できない。
三 そこで次に、被告瀬川、同田中、同山本らが、商法二六六条の三に基づき、原告に対し原告の被った前記損害を賠償すべき義務があるか否かについて判断する。
1 昭和五〇年二月当時被告瀬川、同田中、同山本がいずれも訴外おくしらはまの取締役であった事実及びその頃被告瀬川が訴外おくしらはまの代表者印を保管し、事実上被告会社を代表していた事実は、当事者間に争いがない。
2 そして、右争いのない事実に、《証拠省略》によれば、次の各事実が認められる。すなわち、
(一) 訴外おくしらはまは、昭和四八年一〇月一九日、温泉開発等を目的として資本金一〇〇〇万円で設立された会社であって、当初は、その商号を伊古木温泉観光開発株式会社と称し、被告瀬川の住所を本店所在地とし、被告瀬川と被告田中とが出資し、なお、被告瀬川はその代表取締役を、被告田中はその取締役をしていたところ、その後奥白浜一帯を開発することを目的としてその事業を拡張するため、昭和五〇年一月二〇日、その商号をおくしらはま観光開発株式会社と変更し、訴外橋本蔵(分離前の共同被告)がその代表取締役に、被告瀬川、同田中、同山本、訴外岡直己、同中村兼敏(分離前の共同被告)がその取締役に就任したこと、そして、その資本金も、当初は金四〇〇〇万円増資して合計金五〇〇〇万円にする予定であったが、現実には増資せず、従前のまま資本金は金一〇〇〇万円であり、その出資者も被告瀬川、同田中のみであって、被告山本やその他の取締役は何ら出資をしなかったこと、
(二) 訴外おくしらはまが伊古木温泉観光開発株式会社と称していた当時は、被告瀬川が名実ともにその代表者として訴外おくしらはまを経営していたところ、前述の通り、昭和五〇年一月に訴外おくしらはまが現在のおくしらはま観光開発株式会社とその商号を改め、訴外橋本蔵がその代表取締役となった後も、同人が病気勝ちであったところなどから、訴外おくしらはまの運営は事実上すべて被告瀬川に任され、被告瀬川が実質的な代表者として訴外おくしらはまの経営に当っていたこと、そして、被告瀬川の外には、被告田中が訴外おくしらはまの仕事の一部に従事していたけれども、その他の取締役は、訴外おくしらはまの経営に参画したこともなければその仕事に従事したこともなく、実質的には、被告瀬川が被告田中の協力を得て訴外おくしらはまを運営していたこと、
(三) 被告瀬川は、訴外おくしらはまの代表取締役橋本蔵の印鑑等を保管していたところなどから、訴外おくしらはまの代表取締役である橋本蔵には何ら相談をすることなく、右おくしらはまの代表者印等を用いて、訴外共立鋼業との間に、訴外おくしらはまを注文者、訴外共立鋼業を請負人として、昭和五〇年二月一日、和歌山県西牟婁郡日置川町所在の温泉ボーリングタワー工事を代金四〇〇万円で施工する旨の請負契約を締結し、また、同月八日、同県同郡同町大和田志原地区の養魚場工事を代金三一〇〇万円で施工する旨の請負契約を締結して、その旨の契約内容を記載した乙第三、四号証の契約書を作成し、さらに、同月一〇日頃、右工事代金前渡金支払のために、振出人を訴外おくしらはまとした本件手形外一通の手形(額面合計金三五〇〇万円)を振出してこれを訴外共立鋼業に交付したこと、
(四) 被告瀬川が右の如く本件手形を振出した当時は、訴外おくしらはまの資産はほとんどなかったし、また、近い将来その資産を取得する見込もなかったもので、訴外おくしらはまにおいて、合計金二五〇〇万円にも上る多額の本件手形を振出してもその支払期日に決算し得る見込はなかったこと、したがって、被告瀬川としては訴外おくしらはまを振出人とする本件手形を振出すべきではなかったこと、
(五) なお、訴外共立鋼業は、その後ボーリングタワー工事の一部を施工しただけで、養魚場工事には全く着工しないまま昭和五〇年四月一五日頃事実上倒産したこと、そして、養魚場築造予定場所は町有地であったが、訴外共立鋼業から町に対して工事許可の申請も出ておらず、工事計画の説明も全くなされていなかったこと、
(六) また、被告瀬川は、別紙約束手形目録一記載の手形の支払期日の前日の昭和五〇年五月九日に、訴外おくしらはまの従来の取引銀行であり、かつ、右手形の支払場所である紀陽銀行日置支店と訴外おくしらはまとの間の銀行取引を解約し、同月一〇日には訴外おくしらはまの解散の手続をとって同月一二日に解散登記を了し、自ら清算人に就任したこと、
以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
しかして、以上認定の各事実によれば、本件手形が振出された昭和五〇年二月一〇日頃当時、訴外おくしらはまが本件手形を振出しても、その支払期日に手形の決済のできる見通しがなかったのであるから、被告瀬川としては訴外おくしらはまを振出人とする本件手形を振出すべきではなかったのに、被告瀬川は、事実上代表者の職務を行なう訴外おくしらはまの取締役として、その職務を行なうにつき、悪意又は重過失により、その任務に違背して本件手形を振出し、もって、原告に前記損害を被らせたものというべきである。
よって、被告瀬川は、商法二六六条の三に基づき、原告の被った前記損害を賠償すべき義務がある。
3 次に、株式会社の取締役は、会社に対し、代表取締役ないしは代表取締役の職務を代行する他の取締役が行なう業務執行につき、これを監視し、必要があれば取締役会を自ら招集し、或いは招集することを求め、取締役会を通じてその業務執行が適正に行なわれるようにする職責があると解すべきところ(最高裁判所昭和四八年五月二二日判決民集二七巻五号六五五頁参照)、さきに認定したところから明らかな通り、被告田中は、訴外おくしらはまが設立されて以来の取締役であって、訴外おくしらはまに出資もしており、しかも、訴外おくしらはまが現在の商号のおくしらはま観光開発株式会社と改めた後も、訴外おくしらはまの仕事の一部をしていたのであるから、被告田中は、訴外おくしらはまの取締役として、被告瀬川が訴外おくしらはまの事実上の代表者として訴外おくしらはまの業務執行をするにつき、これを監視し、必要があれば、訴外おくしらはまの取締役会を自ら招集し、或いは招集することを求め、取締役会を通じてその業務執行が適正に行なわれるよう監視すべき職責があったものというべきである。しかるに、《証拠省略》によれば、被告田中は、右の如く訴外おくしらはまの取締役会を招集し、或いはその招集をすることを求めて、被告瀬川の業務執行が適正に行なわれるよう監視したことはなく、訴外おくしらはまの運営を被告瀬川に任せきりにしていたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はないから、被告田中は、悪意又は重過失により、訴外おくしらはまの取締役としての任務を懈怠し、被告瀬川が訴外おくしらはまの事実上の代表者として行なう業務執行が適正に行なわれるよう監視する職責を果さず、そのために、被告瀬川が支払見込のない本件手形を振出すことを看過し、もって、原告に対し前記損害を被らせたものというべきである。
してみれば、被告田中も、商法二六六条の三に基づき、原告の被った前記損害を賠償すべき義務があるというべきである。
4 次に、原告は、被告山本も重大な過失により訴外おくしらはまの取締役としての任務を懈怠したと主張している。しかしながら、《証拠省略》によれば、被告山本は当時岡山県に居住していたところ、小学校時代の同級生であった訴外橋本蔵の依頼により訴外おくしらはまの取締役となることを承諾した結果、形式的に訴外おくしらはまの取締役になったに過ぎず、被告山本自身には、当時正式に訴外おくしらはまの取締役になったことも知らされていなかったこと、そして、被告山本は、出資もしておらず、訴外おくしらはまの経営に参画したこともなければその仕事に従事したこともなく、訴外おくしらはまの経営内容等その実体さえも知らなかったもので、訴外おくしらはまの単なる名目的形式的な取締役に過ぎず、取締役としての報酬も受けていないこと、また、被告山本は、被告瀬川が訴外おくしらはまの事実上の代表者として訴外おくしらはまの運営に当っていたことも知らなかったこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
そして、右認定の如く取締役としての報酬も受けておらず、出資もしていなければ、その経営にも参画していない単なる名目的形式的取締役については、代表取締役ないしはその代行者がその任務に違背し、違法な業務執行をして会社又は第三者に損害を与えることを知り、又は、容易にこれを知り得た等の特段の事情のない限り、取締役会の開催を求めるなどして代表取締役ないしはその代行者の業務執行を監視するまでの義務はなく、仮に右義務があるとしても、右義務を懈怠したことにつき悪意又は重過失はないと解するのが相当である。ところで、本件においては、右特段の事情を認め得る証拠はないから、被告山本が訴外おくしらはまの取締役会の開催を求めるなどして被告瀬川の前記業務執行行為を監視しなかったとしても、被告山本には訴外おくしらはまの取締役としての任務懈怠はなく、仮に任務懈怠があるとしても、悪意又は重過失がないというべきである。
してみれば、被告山本には、商法二六六条の三に基づき原告の被った前記損害を賠償する義務はないというべきであるから、被告山本に対する原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。
四 次に、被告瀬川及び被告田中は、昭和五〇年四月一八日、原告と訴外共立鋼業及び被告瀬川との間において、訴外共立鋼業は、大阪府八尾市に所在する訴外共立鋼業所有の工場建物の所有権及びその敷地の地上権を原告に譲渡し、原告は、本件手形を含む四通の手形金合計金三五〇〇万円の請求をしない旨の合意が成立したところ、その後共立鋼業は右工場建物の所有権及びその敷地の地上権を原告又はその指定する者に移転したから、これにより、原告は被告瀬川、同田中に対し商法二六六条の三に基づく請求をし得ない旨主張する。しかし、《証拠省略》中右被告らの主張に沿う供述部分は、いずれも契約当事者、契約内容等につき具体性を欠き、漠然と本件手形の問題が解決済みであると主張するにとどまっていて、たやすく信用できず、また、《証拠省略》によるも、いまだ被告瀬川、同田中の右主張事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。よって、右の点に関する被告瀬川、同田中の主張は失当である。
五 よって、被告瀬川、同田中に対する原告の本訴請求は、前記原告の被った損害金二二三九万四五二七円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな被告瀬川に対しては昭和五〇年九月二三日から、被告田中に対しては同月二二日から、それぞれその支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから右の限度でこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、被告山本に対する原告の請求は全て失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、九三条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 野田武明 山下郁夫)
<以下省略>